清浦奎吾「末岡武足宛書簡」












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商品説明
謹啓昨日願助?ヲ忝し候處 他出中不能延接御留附 之貴書展読其御事 情ハ深ク諒察仕候何トカ 援助申上度存候へ共細川 家之方ハ目下何分支出之 途困難小生モ小田原別荘 サヘ維持致兼他二譲渡シ 而シテ尚肥後銀行二ハ常二 壹萬圓内外ノ債ヲ負ヒ候 境遇二付手許二於テ融通 モ出来兼候誠二御気之 毒二存候へ共右之次第 悪カラス御承知被下度 橋本印刷之事は其期二
至六紹介可仕○々〇〇○
十二月十八日奎(花押)
末岡殿
謹啓、昨日は、援助を求めに来ていただきかたじけなく思っています。外出しており、お会いできず書き置き頂いた手紙を広げて読みました。
その御事情は、深くよくわかりました。なんとか援助をさせてもらいたいと思いますが、細川家の方は、目下、何分、支出困難で、私も小田原の別荘さえ維持いたしかね、他に譲渡しました。さらになお、肥後銀行には常に一万円前後の負債を追っている状況です。
そのような境遇なので手許においても、融通もできず、本当にお気の毒に思いますが、そのような次第ですので、悪からず、ご承知ください。
橋本印刷の事はその時に・・・・・
作家情報
清浦奎吾(1850-1942)は、明治から昭和にかけて活躍した日本の官僚、政治家です。
熊本県出身で、父は僧侶でした。上京して埼玉県官吏となり、明治9年(1876年)に司法省に入りました。その後、内務省警保局長、貴族院議員(勅選)、司法相、農商務相、枢密顧問官、枢密院副議長、同議長などを歴任し、大正13年(1924年)に内閣総理大臣に就任しました。
政治の中枢で大きな影響力を持ち、要職を数多く務めた人物として知られています。
寸法
- 本紙 18cm×68cm
- 本体 102cm×70.5cm
状態
小ジミ、痛みあり
